30代がん闘病記

2014発病・入院 → 2016転移・再入院・離婚 → 2018再出発 → 2022再々発 → 2023入院

10/22 ワクチン接種2回目

先日の1回目に続き、ワクチンの2回目を完了した。

 

今回も拍子抜けするくらい何もなかった。注射をした左腕が少し痛くなったくらいで、頭痛もなく、熱も出ず、ずっとピンピンしていた。自分の周囲では2回目の接種で比較的重い副反応がほぼ出ていたので、覚悟を決めて、ゼリー飲料とOS-1を大量に買い込み、冷えピタの準備までしていたのに、正直肩透かしだ。

前回の日記で「今まで余りに苦痛の多い治療を重ねてきたため、体が苦痛に対する免疫を持っているのかもしれない。」と書いたが、あながち冗談でもないのかもしれない。

10/1 ワクチン接種1回目

先日、ワクチン接種の1回目を完了した。

職域接種でもう少し早く打つこともできたのだが、職域接種はモデルナ製のワクチンでありできれば避けたかったのと、もう少し周囲の様子を見てサンプルを取りたかったので、あえて少し遅めにしたのだ。

自分は一応、病弱であるという設定(?)なので、慎重に慎重を重ねてもバチは当たらないだろう。まがりなりにもガンになっても生き残っているのに、ワクチンが原因で死んでしまったら、笑い話にもならない。

 

とは言え、1回目は拍子抜けするほど何もなかった。注射を打った左腕が多少筋肉痛っぽくなっただけで、それ以外は何もなかった。今まで余りに苦痛の多い治療を重ねてきたため、体が苦痛に対する免疫を持っているのかもしれない。

2回目はもう少しきついかもしれないので、一応覚悟はしておきたい。

9/19 大損害

職場で大トラブルが発生した。数十億の損害が見込まれている。

自分の責任ではないのだが、自分の部署の責任により発生したトラブルなのだ。そして、当時の担当者が全員転勤しているので、自分と上長がトラブル対応をしている。

 

良くないとは分かっているのだが、酒の量が増えた。

変な話だが、残り少ない寿命を削っているという実感がある。

病気で死にかけていたとき以来の痺れる案件かもしれない(笑)

とは言え、できるだけ早く処理して、平穏な日常を取り戻したい。

8/11 免許更新

5年振りに免許の更新の案内が来た。近々行ってこようと思う。 

まさかこの5年間、社会的にも生き延びることができようとは。

人生で最も苦しかった時期を思い返す。

5年前の今頃は、がんセンターの病室でリオオリンピックを眺めていた。

今日は免許の更新に行ってきた。更新時期が入院時期と微妙にずれてくれていて助かった。一応ゴールド免許なので、更新期間は5年間となっている。5年前は当時住んでいた愛知で免許を更新したが、心身ともに絶好調だった時期だ。

免許証に写る5年前の僕自身も、この後に待ち受ける苦難など想像すべくも無く、自分の輝かしい未来と可能性を信じてやまなかったことだろう。あれから本当に色々あった5年間だったと改めて思う。そして、いよいよ5年前の僕ともお別れだ。

 あれから、本当に色々あった5年間だった。

これから僕がまた社会に復帰するに際して、苦労や屈辱を嫌と言うほど味わうことになるだろうと思う。そのような苦しいときに免許証の中の写真を見ると、より苦しかった時期に頑張って耐えたことを思い出し、まだ頑張ろうという気持ちになれるはずだ。

免許証がこれから5年間の僕のお守り代わりになるだろう。そして、5年後の更新時に、免許証の中の男の努力に感謝できるよう、これから頑張って行きたい。 

5年前の免許証の中の男には本当に感謝している。

お陰でご都合主義のドラマでも有り得ないくらいの逆転劇を果たすことができた。とはいえ、僕は「人生の絶頂期で死ぬ」という、前向きだか後ろ向きだか分からない目標を持っているので、これからも弛まぬ努力を続けるつもりだ。

 

この5年間ありがとう、5年前の免許証の中の男。

あと何年続くか分からないが、これからもう少しよろしく、新しい免許証の中の男。

12/11 種の保存四たび

がん治療前に精子を保存した病院で診察を受けに、東京に行ってきた。

前回の2回については、遠隔地に住んでいることや体調が悪いことを理由に、電話での診断で2年の延長を了承して貰っていたが、流石に今回は来て欲しいとのことだった。コロナ禍の最中に東京に行くのは正直気が進まなかったが、コロナの収束がいつになるか分からない以上、いつまでも先延ばしにするわけにもいかないため、徹底的な感染予防をすることを条件に会社に東京移動の許可を貰ったのだ。

 【2014年】

【2016年】

【2018年】

 

診察自体は10数分で終わった。印象的だったのが、離婚の時期をやたらと詳細に聞かれたことだろうか。最近、離婚後の夫の精子を勝手に使って、元妻が出産したという裁判で、元妻側に損害賠償判決が下ったが、その影響があるのかもしれない。

また、僕自身も確認しておきたいことがあった。保存している精子を使うには、生殖能力が喪失していることが要件ではないという確認だ。先生が言うには、別に生殖能力があっても、保存した精子を使うのは、法律上も倫理上も問題がないとのことだった。となれば、その「機会」があれば、当然30代前半の頃に保存した精子を使うのが望ましいだろう。その相手に恵まれるのかどうかは全くの別問題として。

 

そして、この日記を書くにあたって、病気になってからの6年間の日記を読み返してみたが、本当に色々あったなぁと思い返している。ほとんどが絶望的な出来事ばかりだったけど、僅かな希望の光を諦めずに辿り続けた6年間だったと思う。

僅かな希望があれば、人間は生きていける。僕の精子も、使う使わないは別として、「使える」という可能性があるだけで、僕は生きる希望を持つことができるのだ。