30代がん闘病記

2014発病・入院 → 2016転移・再入院・離婚 → 2018再出発

3/29 一応の近況

最近は特段書くことがない淡々とした日常を送っている。朝起きて、体調が良ければ少しランニングをして、仕事をして、人よりも早めに寝る。体調が悪いときは全てを休んで一日中寝る。この繰り返しだ。

味覚の問題のせいで外食はほとんどしないし、体調が悪くなるので酒もほとんど飲まなくなった。体調以外での日常の変化がない。本当に淡々としている。

 

しかし、この状況で幸いにして仕事をこなしていくことにも慣れ、会社もそれを許容してくれている。仕事もこの状況にしては順調と言ってもいいだろう。給料は勿論かなり下がったが、自分の食い扶持は十分過ぎる程に稼ぐことができている。

もともと物に金を遣わない性質だったが、それに輪をかけて、酒も飲まない・外食もしない・旅行もしない…で金を使う機会がそもそもないのだ。だから、当面の金銭面は問題なさそうだし、病気以外で衣食住の危機に晒されることはなさそうだ。

 

生活基盤が安定し出すと問題になるのは、「自分は何のために生きているのか」という悩みだろう。消極的な理由としては、今は母親に心配を掛けないために生きているともいえる。しかし、食事の楽しみも無く、家庭の歓びも無く、単純に病気に抗い、生き永らえるためだけに生きていることに何か意味があるのだろうか。

「生きているだけで素晴らしい」と誰かが詩を詠む。それは「生き永らえているだけでは何の価値もない」という価値観が前提としてあるから、わざわざ詠い上げなければならないことなのだ。そう、生きているだけでは何の価値も無い。

そんなことを日々考えていると、昔ほどの深い絶望感は無いものの、ぼんやりとした無気力感に苛まれることが多くなったように思う。