30代がん闘病記

2014発病・入院・結婚 → 2016転移・再入院・離婚 → 2018再出発 → 2022再々発 → 2023入院→2025最終章

2026/3/16 父親の姿を見た

とある投薬のために、2泊3日の入院を何度か繰り返している。

今日はその入院日で、この投薬も今回で最後だ。かなり特殊な治療なので、本当なら今後同じ治療を受ける人のために、何か役に立つことを書き残しておきたい気持ちはある。

ただ、今のところ目に見える効果は出ていない。今回の最後の投薬を終えたとしても、恐らく良い兆候は現れないだろう。自分の感覚が一番信頼できる。

だから、正直あまり書く気力も湧かない。落ち着いたら、そのうち書くかもしれない。

 

さて、病室から自販機へ飲み物を買いに行ったときのこと。そこにある大きな鏡に映った自分の姿を何となく見て、思わず足が止まった。病院服を着て、ガリガリに痩せたその姿が、死ぬ直前の父親にあまりにもよく似ていたのである。

鏡の前で呆然としてしまい、しばらく動けなかった。

僕はずっと、自分は母親に似ていると思っていたが、こんなにも父親に似た部分があったのかと、今さらながら気づかされた。精力的に生きていたころは母親に似ていて、死の気配をまとった姿が父親に似ているというのも、何とも皮肉な話である。

 

父親が死んだのは僕が20代の頃である。このブログでも何度か書いているが、良い父親とは全く言えない人だった。家を出た大学生以降は話すことはほとんどなくなっていたし、死んだときも正直なところ悲しさも湧いてこなかった。

しかし、この年齢になると彼の苦しみも分かるようになるものだ。父親がまだ生きていれば、わだかまりが氷解することもあったのだろうな、と思う。 

お父さん、僕はこんなにもあなたに似ていたんだね。

今更ながら気づいたよ。色々ごめんな。ありがとう。