30代がん闘病記

2014発病・入院 → 2016転移・再入院・離婚 → 2018再出発→2022再々発

2022/6/17 キイトルーダ6回目とコロナワクチン

今日はキイトルーダ6回目の投薬日であった。3回に1回は効果測定のためにCTを受けることになっているため、今回は、採血・採尿→レントゲン→診察→キイトルーダ投薬→CT、と朝一から病院に行って、解放されたのは15時頃だ。

とは言え、がんセンターはホスピタリティの高い職員が多いので、とても快適に過ごさせてもらっている。5年前に入院した頃に比べて、職員のレベルも大幅に上がっているように思う。僕が仕事先で住んでいる地域は、正直言って、能力も態度もいまいちな医者・看護師が多いので、より一層そう感じるのかもしれない。

 

なお、先日コロナワクチン3回目も接種したのだが、1・2回目同様に今回も全く副反応は無し。若く健康な人ほど副反応が強く出るとのことなので、自分はもう生命体として枯れつつあるのではないかと思う。

さて、いつまで生き延びることができるのやら。

2022/5/27 キイトルーダ5回目と運命論

キイトルーダ5回目の投薬日であった。今のところは毎回地元に帰ってきて投薬をしてもらっている。職場がある付近の病院に移管してもいいのだが、それなりに息抜きになっているので、当面は地元で治療をするつもりだ。

抗がん剤投与が息抜きってのも変な話ではあるが(笑)

 

こういった息抜きが必要になるくらい、新年度からの仕事は大変だ。管理職に上がって部下ができて、精神的に負荷のかかる仕事が多くなった。キイトルーダはそこまで副作用はないものの、やはり体力が落ちていることは間違いないので、投薬をしながら今の負荷の仕事をしていると、仕事と薬の合わせ技でいつか倒れるかもしれない。

がんを患っているのに雇ってくれた今の会社には感謝しているが、今の仕事の割り当てはさすがに無茶苦茶だろうとは思う。何事もキッチリやろうとする僕の性格に付け込んでいるのも分かる。まぁ僕が死のうが生きようが、短期的に利益が出ればどうでもいい、と思っているのかもしれない。

もう会社には十分過ぎるくらい元を取らせたと思っているので、正直いつ辞めてしまってもいいのだが、給与や福利厚生・健康保険のことを考えると、なかなか辞めづらいのも事実である。やっぱり典型的な日本の大企業の仕組みって麻薬と一緒で、気づいた時にはゆでガエルになって逃げだせなくなっていくのだ。とはいえ、そろそろ環境を変える計画を立てようと思っている。命あっての物種である。

 

さて、がんセンターでは内科の先生にかかりながら投薬治療を受けている。内科の先生は比較的若い方だ、とは言っても、僕と同年代くらいだと思うが、とてもハキハキして気持ちの良い方である。そんな先生に「〇〇さん(僕の名前)は、強い方ですね」という言葉を頂いた。自分ではそんなことは思ったことはないが、色々な患者を診てきている先生がそういうのだから、客観的に見てそうなのだろう。

僕は病気になって運命論的な考え方をするようになった。恐らく僕に与えられた運命は、若くしてがんになり、離婚をして、職を失い、失意と自暴自棄のなか死んでいく、だったのだろう。3回も再発した以上、何が何でもこのレールに乗せてやろうとする運命の強い意志を感じる(笑)しかし、生来の諦めの悪さから、99.9%は決まっていたであろう運命を跳ね除けて今に至っているのだ。そういう意味では「強い」と思う。

自分は普通に生活しているだけで日々偉業を成し遂げているのだ、と少し思い上がりながら生きてもいいのかもしれない。

2022/5/6 キイトルーダ4回目とGW

今日はキイトルーダ4回目の投薬日であった。定期的に投薬のために地元に帰ってきているのでGWは帰省の予定はなかったのだが、運悪く3週間に1度というタイミングがGWの谷間の平日である5/6と重なってしまった。3週間に1度というキイトルーダの投薬間隔は、絶対に変えられないのだ。

駅もそうだったが、どこに行っても人が多くて、病院までも人が多くて本当にうんざりした。GW期間中に治療ができなかった人たちが一気に受診するものだから、待ち時間が異常に長くて、投薬で1日が潰れて疲れ果ててしまった。もっとも、僕なんかより、がんセンターの看護師さんや先生の方がもっと大変だろう。感謝の念に堪えない。

さて、前回のCTの結果であるが、2か所の腫瘍は約5%ほど縮小しているとの結果が得られた。一応理系の端くれでもある僕は、5%なんて誤差の範囲じゃないの?と思ったりもするのだが、先生も看護師さんも、現状維持でも縮小でも喜ばしいことです、というような口振りであった。きっと気を遣ってくれているのだろう。

 

また、診察の際に、先生から多少のアルコールは飲んでも構わない旨の回答を得た。飲んだからと言って、特にキイトルーダの効果が下がるということはないらしい。以前、禁酒をすると書いたかもしれないが、禁欲的な生活をしたところで、その先に何が待っているというのか。結局は絶望的な人生が少し伸びるに過ぎない、という理屈だ。

仮に飲酒によって寿命が2~3年縮むとしても飲むだろう。僕の場合は、残り少ない人生の今この瞬間のQOLが何よりも大切なのだ。

治療と仕事でかなりストレスが溜まっているので、薬程度に飲もうと思っている。

2022/4/15 キイトルーダ3回目と焼け太り

今日はキイトルーダ3回目の投薬日であった。3回に1回は効果測定のためにCTを受けることになっているため、採血・採尿→レントゲン→診察→キイトルーダ投薬→CT、かなりのハードスケジュールである。家を出たのが朝8時で、帰ってきたのが16時、と丸1日病院に居たことになる。もはやプロ患者といっても差し支えなかろう。

プロ患者と言えば、今回は2年以上を空けての再発ということで、がんの保険金が再び下りた。新車の軽自動車が買えるくらいの額だ。僕の場合、入院する度に資産の最高値を更新するという不思議な現象が起きる。今回も、保険金の支払いに加え、円安や株価復調もあり、資産額の過去最高値を更新した。

まさに焼け太りである。

 

どうせ長生きなどしないのだから、散財でもしてしまおうか、とも思ったりするのだが、50代・60代だったらいざ知らず、40代の僕は「生き残ってしまった」場合を考えると、やはり散財もしにくい。ということで、今は働けるだけ働いて、働けなくなった時のために金を貯めておく、という何ともつまらない結論に落ち着くのだ。

しかし、この金を遣い切らないで僕が死ぬ、となると話はまた面倒ではある。

母親が生きているときに僕が死んだ場合は、何の心配もないのだが、母親が死んでしまってから、僕が死ぬという場合は、遺産について色々と考えねばならない。この場合だと、両親死亡で、僕に配偶者と兄弟姉妹はいないため、法定相続人なしということになろう。

こうなると、親戚の誰に渡しても後腐れがありそうだから、伯母(父親の妹)に墓を管理してもらうために遺産の一部を負担付死因贈与契約して、残りは「がんの子どもを守る会」にでも寄付するのが一番後腐れが無いかと思っている。

2022/3/25 キイトルーダ2回目と金勘定

今日はキイトルーダ2回目の投薬日である。キイトルーダは3週間おきに投薬する決まりになっている。1回目の投薬の後、少し疲れやすくなった気もするが、副作用ではなく気のせいだろう。むしろ仕事の負荷が及ぼしている影響の方が大きい気がする。

今回も淡々と投薬を済ませて終わり。相変わらず副作用らしい副作用はなし。投薬も2回目であり、今のところ治療に関しては正直余り書くことがない。とは言え、オプチーボやキイトルーダを検討している人だけでなく、健康な人でも気になる話題といえば、やはり治療にかかる「金」の話だろうから、少し触れてみようと思う。

 

1回目の支払いはキイトルーダの投薬と有料ベット代金込みで20万円程度であった。そして、今回の支払いはキイトルーダの投薬のみで14万円程度である。今後はこの負担が3週間に1度のしかかってくるのだから、通常ならば高額療養制度の事前申請をしておかないと、キャッシュフローがかなり厳しくなるだろう。

肝心の僕はと言えば、来るべき再発に備えて、金銭的な備えは万全にしていたし、2年以上間をおいての再発と言うことで、再びがん保険の一時金が下りるので、キャッシュフローに関しては特に問題がない。

ということで、今回もあえて高額療養制度の事前申請をせずに一旦は全額を払って、クレジットカードのポイントを貰うことにした。以前も書いたと思うが、人生はこういう数%の積み重ねが複利で効いてくるのを僕は知っている。

 

そして、さらに助かるのが、僕が今所属している会社の健康保険だ。高額療養費制度の上乗せの独自の制度として、数万円を上限とする制度がある。この金額を具体的に明かすと、僕の所属企業がバレてしまう恐れがあるのでボカしておくが、仮に3万が上限だとしておこう。すると、ある月に40万の医療費の支払いがあったとしても、数か月後には37万が返ってくるという素晴らしい仕組みだ。本当に助かる。

 

闘病中に金の心配が全くないということは、本当に有難いことである。以前にも書いたかもしれないが、ガンなど難病の悩みの大部分は、(病気そのものはさておき)金銭関係と家族関係に尽きる。しかし、僕は離婚により家族関係の心配はないし、上記のように金銭的な問題もないため、治療に専念できるというわけだ。(仕事の悩みは尽きないが)

日本の保険制度は本当に素晴らしい。僕は日本に生まれていなければ、とっくに医療費で破産して、そして野垂れ死んでいただろう。