30代がん闘病記

2014発病・入院・結婚 → 2016転移・再入院・離婚 → 2018再出発 → 2022再々発 → 2023入院→2025最終章

2026/4/1 残念ながら現実です

諦めることにしました。

主治医とも話して、身体に負担の掛かる無理な治療はせず、残り人生のQOLが少しでもマシになるような負荷の少ない治療だけを進めていきます。

もう少し先の話になると思いますが、時期が来たら福岡に戻って余生を過ごしながら、その時を待つつもりです。地元で死なないと葬式や後片付けが面倒になって、親戚に迷惑が掛かりますからね。

長い闘いでしたが、いよいよ終わりが見えてきました。

もう頑張らなくていいんです。

エイプリルフールの話だったら良かったのにね。

 

2026/3/16 父親の姿を見た

とある投薬のために、2泊3日の入院を何度か繰り返している。

今日はその入院日で、この投薬も今回で最後だ。かなり特殊な治療なので、本当なら今後同じ治療を受ける人のために、何か役に立つことを書き残しておきたい気持ちはある。

ただ、今のところ目に見える効果は出ていない。今回の最後の投薬を終えたとしても、恐らく良い兆候は現れないだろう。自分の感覚が一番信頼できる。

だから、正直あまり書く気力も湧かない。落ち着いたら、そのうち書くかもしれない。

 

さて、病室から自販機へ飲み物を買いに行ったときのこと。そこにある大きな鏡に映った自分の姿を何となく見て、思わず足が止まった。病院服を着て、ガリガリに痩せたその姿が、死ぬ直前の父親にあまりにもよく似ていたのである。

鏡の前で呆然としてしまい、しばらく動けなかった。

僕はずっと、自分は母親に似ていると思っていたが、こんなにも父親に似た部分があったのかと、今さらながら気づかされた。精力的に生きていたころは母親に似ていて、死の気配をまとった姿が父親に似ているというのも、何とも皮肉な話である。

 

父親が死んだのは僕が20代の頃である。このブログでも何度か書いているが、良い父親とは全く言えない人だった。家を出た大学生以降は話すことはほとんどなくなっていたし、死んだときも正直なところ悲しさも湧いてこなかった。

しかし、この年齢になると彼の苦しみも分かるようになるものだ。父親がまだ生きていれば、わだかまりが氷解することもあったのだろうな、と思う。 

お父さん、僕はこんなにもあなたに似ていたんだね。

今更ながら気づいたよ。色々ごめんな。ありがとう。

 

2026/1/31 体重

嚥下障害によって食事がまともに取れないせいで、体重が下がり続けていたが、やっと下げ止まったようだ。体格的・骨格的にこれより下がりようがない、という下限まで到達したのだろう。BMIで言えば16.5程度なので、まさに病的に痩せている。

不思議なもので身体も現在の食事量に適応し、そんなに食事を取らなくてもお腹は空かなくなった。現在の摂取カロリーと脂肪・筋肉が落ちた状態の基礎代謝のバランスが取れているということなのだろう。仕事も今でも一応はフルタイムで働いてはいるが、ほとんど席から移動しない事務仕事がメインなので、何とかこなせてはいる。

しかしながら、脂肪も筋肉もないので、とにかく寒い。職場では上下にヒートテックを着て、その上からトレーナーを着こんだ状態で制服を着用し、さらに暖房の真下の席にしてもらっているのだが、それでやっと耐えられるくらいまで寒さに弱くなっている。

身体から生きるエネルギーが放出されていない。

文字通りの生ける屍である。

 

ここで引き合いに出すのが正しいのかどうか分からないが、現在の片岡鶴太郎氏のような風貌である。それでいて僕は身長がかなり高いので、傍から見たら巨大なナナフシのように見えているのではないかと思う。

これでも20代の頃は、新宿や渋谷でよくモデルにスカウトされていたくらいの容姿ではあったのだけど、今はもう不健康な病人そのもので、見る影もない。

 

自己肯定感を高めるために、少し昔の自慢をしてみた。

哀れな男の最後の見栄と思って、何卒ご容赦を。

 

2026/1/25 確定申告

今年も確定申告の時期が来た。

去年の確定申告はかなり面倒だったことを思い返す。

仮想通貨の雑所得や医療費控除などもありつつ、最終的には支払いも還付もない0円に収めることができたのだが、その中でも土地関連の書類の準備が大変だった。

母親から相続した田舎の二束三文の土地の持ち分50%を権利放棄して、伯父の100%持ち分としたのだが、結局税務上は贈与扱いとなってしまい、その他諸々の事情も重なり、土地の譲渡に係る確定申告をする羽目になったのだ。権利放棄などという小手先ではなく、最初から贈与契約にしておけば、二度手間・三度手間にならなかっただろうに。

競争のない田舎の司法書士にとっては、「いかに手続きを簡単に済ませて、手数料を取るか」それだけを考えていても、商売は成り立つのだろう。目先の手続きさえ終わればそれでよく、その後に発生するかもしれない税務上の問題まで想像して、顧客に価値を提供しようとする必要はない。

そんな構造があるからこそ、今回のように後になって余計な手間や申告が発生してしまう。母親が長い時間を過ごしたであろう地元の、人の流れも競争もない過疎の風景を思い出しながら、なんとも言えない気持ちになった。

 

さて、寡聞にして、税理士以外で確定申告を好きだという人を聞いたことがないが、僕は正直そんなに嫌いな作業ではない。準備は日頃からしているので、申告作業の段階で段取りは9割は終わっているのだ。だから去年のような複雑なものでなければ、大抵1時間程度で終わってしまう。

確定申告は、一気に最初からやろうとするから大変なのであって、前回の手順を簡単で構わないから残しておき、細かいタスクに分割して日頃から進めていけば、仕事と同じでそんなに大した作業ではない、と僕は思っている。(異論は認める)

結局、確定申告も人生も、こまめに整えておくのが一番楽なのだ。

今年は、寄付金控除・医療費控除・米国株配当の外国税の還付に係る申告である。医療費控除も、僕の場合は医療費自体が数10万に上るので、還付額も結構な額になる。

証券会社や健康保険組合から入手したXMLを読み込ませ、前回の手順を見ながら処理を進めると、作業を開始して1時間もかからずに終わってしまった。還付額は12万円ほどだったので、時給12万円のオイシイ仕事である。

僕は本当にこういう作業が得意だよなぁと、毎年同じことを思う。弁理士などではなく、本当は税理士や公認会計士のような、数字を扱う職業のほうに適性があったのではないか、と人生を振り返るのがこの時期のお決まりだ。

 

そして、もう長くは生きないだろうに、確定申告でもはや使い道のないお金を取り戻すことに何の意味があるのだろうかと考える、これも毎年この時期のお決まりだ。

まぁ最期まで現実的に生きるのが、僕らしくていいのかもしれないね。

今年も無事に終わった。それだけで十分だ。

 

2025/12/31 正解は一年後

テレビを全くと言っていいほど見ない僕だが、「M-1グランプリ」と「クイズ 正解は一年後」は年末行事として欠かさず見ることにしている。

「M-1グランプリ」は、もちろんコンテンツ自体が圧倒的に面白いから見ているのだが、年齢が自分と同じくらいの人がチャンスを掴み、人生を逆転させていく姿に強いカタルシスを覚えるのも大きい。ドキュメンタリーを見ているかのような胸を打つ瞬間がある。大人が人生を賭けて全身全霊でぶつかり合う、甲子園的な闘いが単純に好きなのだ。

「クイズ 正解は一年後」は、年初にこの1年間で何が起きるかを予想して、年末に答え合わせをするという番組だ。途中からボケ倒しの大喜利大会になるのもお約束で、クイズとバラエティとお笑いのバランスがとても絶妙だ。出ている芸人が全員好きなのと、あまりにバカバカしくて心の底から笑えるので、見ている間は苦しい現実を忘れられる。

何より、この番組は「時間」という最も貴重なものを丸々1年使って作られている。そのこと自体が、あらゆるものが一瞬で消費されていくこの世の中に対する、アンチテーゼのようにも思える。時間の貴重さを、身をもって知るようになった僕だから、そう強く感じるのかもしれない。

 

今年は病気が悪化して、声が出なくなって、食べ物も食べられなくなって、人生で最悪の一年だった。ここ数年は毎年、人生最悪の年を更新し続けている。よくまだ生きているなと自分でも思う。もう、この延々と続く罰のような人生から、赦されたい。

 

僕は来年もこの番組を見ることができるのだろうか。

さて、「正解は一年後」