30代がん闘病記

2014発病・入院 → 2016転移・再入院・離婚 → 2018再出発 → 2022再々発 → 2023入院

2022/1/23 第3章開始

大分遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。

相変わらず定期的に訪問してくれる読者の方も多く、有難い限りです。

 

さて、私の方は余りめでたくなく、残念ですが、再発の可能性が高そうです。

今後PET-CTを受け、それで程度を判断し、今後の治療方針を固めていきます。

 

残念ながら、闘病記第3章の幕開けとなってしまいました。

12/23 定期健診の結果

がんセンターに、半年に一度の定期健診に行ってきた。鼻の中の腫瘍が、前回より大きくなっているということで、細胞検査をすることになった。

 

今日、電話で結果を聞いたところ、悪性か良性か簡易検査では何とも言えないため、詳細な検査をする旨の回答があった。結果は年明けとのこと。今年の年末年始は、何とも言えない気持ちで過ごすことになってしまった。

万が一(実際のところ感覚的な確率は半々くらいだろうか)再発の場合、陽子線・放射線・郭清手術を終えている満身創痍の僕の身体に、これ以上できる治療があるのかは分からない。転移による再発はいつも覚悟していたが、同じ個所で再発して打つ手がないというのは堪える。先生に再発の場合の治療について確認したところ「考えておきます」との回答だった。あの百戦錬磨の先生を以ってしても治療法が即答できないということは、かなりまずい状況ではなかろうかと邪推をしてしまう。

ブログでは表面的には、いつでも再発の覚悟はしている、なんて嘯いてはみるものの、その可能性に直面するとやはり恐ろしいものだ。

こんな夜は、苦しくて、酒を飲んでしまう。

11/6 G検定

G検定というAI関連の資格を受けた。受験料が13200円とお高い試験なので、自費では受けようとは思わないが、会社が受験費用のみならず、参考書代まで出してくれるとのことで、受けることにしたのだ。

 

このG検定はネット受験なので、何をしてもいい。つまりGoogleで検索しようが、カンペを見ようが、本を参照しようが、文字通り何をしてもいいのだ。しかし、問題量が120分で200問と非常に多いため、1つ1つ検索しては、絶対に間に合わない。よって、問題を解く際の戦略が重要になる。

今回は、内容を詳細に理解する必要は全くなく、ワード同志を関連付ける浅い理解で十分だったので、参照データの整理が主な戦略となった。また、マウスを使うとキーボードを打つときに時間を取られるので、全てタッチパッドで完結させる、などの形式的な戦略も意外と大切になる。

結局、1週間前から勉強を始め、勉強時間は15時間程度。うち半分は、カンペなどの迅速に検索できる参照データの整理に充て、残りの半分は、質問内容がどの分野の用語であり、どの本・どのカンペのどの場所に書いてあるか、などの知識の関連付けに充てた。前日にネットの模試を解いて、シミュレーションは万端だったが、本番ではテストの文章からのコピペができなくなっていたので、検索に時間が掛かり、そこだけ予定外だった。もっとも、それ以外は概ね予定通りに対応できた。

結果は、まず間違いなく合格だろうという出来だ。

 

G検定ではAI関連の試験とは言え、職務発明に係る特許法・AIに係る著作権法・限定提供データに係る不正競争防止法…など、知財関係の法令が多く出題された。これらは検索せずに対応はできたので、某知財資格所有者として面目躍如といったところだろうか。しかし、この試験を受けながら、著作権法と不競法がかなり改正されているのを知ったので、知識が錆びつかないように久々に知財法の勉強をする必要がありそうだ。

知財とAIって喰い合わせがかなり良さそうなので、今後、G検定の上位資格のE資格についても、会社が金を出してくれるなら検討していきたい(笑)病気でいつまで働けるか分からない以上、色んな可能性を準備しておくのはとても大事だ。

10/31 終息・収束

先日のトラブルがようやく終息した。

 

会社的にも数十年に1度あるかどうかのトラブルだったようで、とにかく大変だった。プレッシャーが尋常じゃなく、胃が痛かったが、別に失敗したところで死ぬわけでもないし、腹を括って取り組んだ結果、何とか工期に間に合わせることができた。病気で人生の底を見た経験がプラスに働いたパターンだろうか。

死ぬ間際に間違いなく走馬灯でよぎるくらいの大変な仕事だった。

 

しかし、管理職に昇格してしまっていたので、残業代が全く付かないのが残念だ(笑)とは言え、今回の大トラブルを上手くコントロールして、乗り切れたことで、周囲からの信頼度が相当上がったので、悪いことばかりでもない。そして、この年になって、今までで一番大変な仕事をすることになるのだから、人生とは分からないものだ。

まさに「生きてこそ」の経験だろう。